2013年12月30日

母子草_02

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 しかし、張飛の力も、無限ではない。結局、一方の敵軍を、喰い止めているに過ぎない。
 その間に、なおも、玄徳を目がけて、
「遁さじ」
「やらじ」
 と、駆け追い、駆け争って来る敵は、際限もなかった。逃げ落ちて行く先々を、伏兵には待たれ、矢風は氷雨と道を横ぎり、玄徳はまったく昏迷に疲れた。睫毛も汗に濡れて、陽も晦い心地がした。
「ああ。――もう息もつけぬ」
 われを忘れて、彼は敢て馬からすべり降りた。五体は綿のごとく知覚もない。
「……おお」
 見まわせば、つき従う者どもも、百余騎しかいなかった。彼の妻子、老少を始め、糜竺、糜芳、趙雲、簡雍そのほかの将士はみな何処で別れてしまったか、ことごとく散々になっていたのである。
「百姓たちはどうしたか。妻子従者の輩も、一人も見えぬは如何にせしぞ。たとい木石の木偶なりと、これが悲しまずにおられようか」
 玄徳はそういって、涙を流し、果ては声をはなって泣いた。
 ――ところへ……糜芳が満身朱にまみれて、追いついてきた。身に立っている矢も抜かず、玄徳の前に膝まずいて、
「無念です。趙雲子龍までが心がわりして、曹操の軍門に降りました」
 と、悲涙をたたえて訴えた。
「なに、趙雲が変心したと?」玄徳は、鸚鵡返しに叫んだが、すぐ語気をかえて、糜芳を叱った。
「ばかなことを! 趙雲とわしとは、艱難を共にして来た仲である。彼の志操は清きこと雪の如く、その血は鉄血のような武人だ。わしは信じる。なんで彼が富貴に眼をくらまされて、その志操と名を捨てよう!」
「いえいえ、事実、彼が味方の群れを抜けて、まっしぐらに、曹軍のほうへ行くのを、この眼で見届けました。確かに見ました」
 すると、横合いから、
「さてこそ。ほかにもそれを、見たという声が多い」
 と、呶鳴って、糜芳のことばを、支持したものがある。
 殿軍を果たして、今ここへ、追いついてきた張飛だった。
 気の立ッている張飛は、眦を裂いていう。
「よしっ。もう一度引っ返して、事実とあれば、趙雲を一鎗に刺し殺してくれねばならん。君にはどこぞへ身をかくして、しばしお体をやすめていて下さい」
「否々。それには及ばぬ、趙雲は決してこの玄徳を捨てるような者ではない。やよ張飛、はやまったこと致すまいぞ」
「何の! 知れたものではない」
 張飛はついにきかなかった。
 二十騎ばかりの部下をひきつれ、再びあとへ駆けだして行く。すると一河の水に、頑丈な木橋が架かっていた。
 長坂橋――とある。
 橋東の岸に密林があった。張飛は部下に何かささやいて、二十騎を林にかくした。部下は彼の策に従って、おのおの馬の尾に木の枝を結いつけ、がさがさと林の中をのべつ往来していた。
「どうだ、この計りごとは。まさか二十騎とは思うまい。四、五百騎にも見えようが」
 ほくそ笑みして、彼はただ一人、長坂橋の上に馬を立てた。そして大矛を小脇に横たえ、西のほうを望んでいた。
 ――ところで、噂の趙雲は、どうしたかというに。
 彼は襄陽を立つときから、主君の眷属二十余人とその従者や――わけても甘夫人だの、糜夫人だの、また幼主阿斗などの守護をいいつけられていたので、その責任の重大を深く感じていた。
 ところが、前夜の合戦と、それからの潰走中に、幼主阿斗、二夫人を始め、足弱な老幼は、あらかた闇に見失ってしまったのである。
 趙雲たるもの、何で、そのまま先を急がれよう、彼は、血眼となって、
「君にお合せする顔はない」
 と、夜来、敵味方の中を、差別なく駈けまわって、その方々の行方をさがしていたのだった。



 面目――面目――何の面目あってこのまま主君にまみえん?
「生命のある限りは」
 と、趙雲は、わずか三十余騎に討ちへらされた部下と共に、幾たびか敵の中へ取って返し、
「二夫人は何処? 幼君はいずれにおわすぞ」
 と、狂気のごとく、尋ねまわっていた。
 そうして、四方八面、敵味方の境もなく、馳けめぐっている野にはまた、数万の百姓が、右往左往、或いは矢にあたり、石に打たれ、または馬に蹴られ、窪に転び落ちなど、さながら地獄図のような光景を描いていた。親は子を求め、子は親を呼び、女は悲鳴をあげて夫を追い、夫は狂奔して一家をさがし廻るなどと、その声は野に満ち、天をおおうばかりである。
「――やっ? 誰か」
 草の根に血は溝をなして流れている。趙雲はふと見たものに、はっとして駒を下りた。
 うっ伏している武者がある。近づいて抱き起してみると、味方の大将、簡雍であった。
「傷は浅いぞ、おうッいッ、簡雍っ――」
 簡雍は、その声に、意識づいて、急にあたりを見廻した。
「あっ、趙雲か」
「どうした? しっかりせい」
「二夫人は? ……。幼主、阿斗の君は、どう遊ばされたか?」
「それは、俺から聞きたいところだ。簡雍、おぬしはここまでお供してきたのか」
「むむ、これまで来ると、一彪の敵軍につつまれ、俺は敵の一将を討ち取って、お車の側へすぐ引っ返してきたが、時すでに遅しで」
「や。生擒りとなられたか」
「いや二夫人には、阿斗の君を抱き参らせて、お車を捨て、乱軍の中を、逃げ走って行かれたと――部下のことばに、すわご危急と、おあとを追って行こうとした刹那、流れ矢にあたったものか、後ろから斬りつけられたのか……その後は何もわからない、思うに、気を失っていたとみえる」
「こうしてはおられぬ。――簡雍、おぬしは君のおあとを慕って急げ」
 と、趙雲は彼を扶けて、駒の背に掻い上げ、部下を付けて先へ送らせた。
 そして、彼自身は、
「たとえ、天を翔け、地に入るとも、ご眷族の方々を探し当てぬうちは、やわか再び、君のご馬前にひざまずこうぞ」と、いよいよ、鉄の如き一心をかためて、長坂坡のほうへ馬を飛ばしていた。
 一隊の兵がうろうろしていた。手をあげて、
「趙将軍。趙将軍」と、彼を見かけて呼ぶ。
 それは、車をおす役目の歩卒たちである。趙雲は、振り向きざま、
「夫人のお行方を知らぬか」と、たずねた。
 車兵はみな指を南へさして、
「二夫人には、お髪をふりさばき、跣足のままで、百姓どもの群れにまじり、南へ南へ、人浪にもまれながら逃れておいでになりました」と、悲しげに訴えた。
「さては」と趙雲は、なおも馬を飛ばすこと宙を行くが如く、百姓の群れを見るごとに、
「二夫人はおわさぬか。幼君はおいでないか」と、声を嗄らしながら馳けて行った。
 するとまた、数百人の百姓老幼の一群に会った。趙雲が馬上から同じことばを声かぎりくり返すとわっと泣き放ちながら、馬蹄の前に転び伏した人がある。
 甘夫人であった。
 趙雲は、あなやと驚いて、鎗を脇に挟んで鞍から飛びおりざま、夫人を扶け起して詫びた。
「かかる難儀な目にお遭わせ申しましたのも、まったく臣の不つつかが致したこと、何とぞお怺えくださいまし。してしてまた、糜夫人と阿斗の君のお二方には、何処においで遊ばしますか」
「若君や糜夫人とも、初めはひとつに逃げのびていたが、やがて一手の敵兵に駈け散らされ、いつかはぐれてしもうたまま……」
 涙ながら甘夫人が告げているまに、辺りの百姓たちはまた、騒然と群れを崩して、蜘蛛の子のように逃げ出した。



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posted by takazzo at 10:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 赤壁の巻 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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