2013年12月30日

宝剣_02

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 阿斗を甲の下に抱いて、趙雲が馬にまたがると、墻の外、附近の草むらなどには早、無数の歩兵が這い寄って、
「この内に、敵方の大将らしいのがいる」
 と、農家のまわりをひしひしと取巻いていた。
 ――が、趙雲は、ほとんど、それを無視しているように、馬の尻に一鞭加え、墻の破れ目から外へ突き出した。
 曹洪の配下で晏明という部将がこれへきた先頭であった。晏明はよく三尖両刃の怪剣を使うといわれている。今や趙雲のすがたを目前に見るやいな、それを揮って、
「待てっ」と、挑みかかったが、
「おれをさえぎるものはすべて生命を失うぞ」
 と、趙雲の大叱咤に、思わず気もすくんだらしく、あっとたじろぐ刹那、鎗は一閃に晏明を突き殺して、飛電のごとく駆け去っていた。
 しかし行く先々、彼のすがたは煙の如く起っては散る兵団に囲まれた。馬蹄のあとには、無数の死骸が捨てられ、悍馬絶叫、血は河をなした。
 時に、一人の敵将が、背に張郃と書いた旗を差し、敢然、彼の道をふさいで、長い鎖の両端に、二箇の鉄球をつけた奇異な武器をたずさえて吠えかかってきた。それは驚くべき腕力と錬磨の技をもって、二つの鉄丸をこもごも抛げつけ、まず相手の得物をからめ取ろうとする戦法だった。
「しまった」と、さしもの趙雲も、この怪武器には鎗を奪られ、さらに応接の遑もないばかり唸り飛んでくる二箇の鉄丸にたじたじと後ずさった。
(――今は強敵と戦って、功を誇っている場合ではない。若君のお身をつつがなく主君へお渡し奉るこそ大事中の大事)
 そう気づいたので趙雲は、急に馬を返して、張郃の猛撃を避けながら馳け出した。
 と、見て、張郃は、
「口ほどもない奴、それでも音に聞ゆる趙雲子龍か。返せっ」
 と、悪罵を浴びせながらいよいよ烈しく追ってきた。
 趙雲の武運がつきたか、ふところにある阿斗の薄命か。――あッと、趙雲の声が、突然、埃につつまれたと思うと、彼の体は、馬もろとも、野の窪坑におち転んでいた。
「得たりや」と、張郃はすぐ馬上から前かがみに、一端の鉄丸を抛りこんだ。ところが、鉄丸は趙雲の肩をそれて坑口の土壁にぶすッと埋まった。
 次の瞬間に、張郃の口から出た声は、ひどく狼狽した叫びだった。粘土質の土壁に深く入ってしまった鉄丸は、いかに彼の腕力をもって鎖を引っ張っても、容易に抜けないからであった。
 その隙に、趙雲は躍り立って、
「天この若君を捨てたまわず、われに青スの剣を貸す!」
 と、歓喜の声をあげながら、背に負う長剣を引き抜くやいな、張郃の肩先から馬体まで、一刀に斬り下げて、すさまじい血をかぶった。
 後に、語り草として、世の人はみなこういった。
(――その折り、坑のうちから紅の光が発し、張郃の眼がくらんだ刹那に趙雲は彼を仆した。これみな趙雲のふところに幼主阿斗の抱かれていたためである。やがて後に蜀の天子となるべき洪福と天性の瑞兆であったことは、趙雲の翔ける馬の脚下から紫の霧が流れたということを見てもわかる)
 しかし、事実は、紫の霧も、紅の光も、青スの剣があげた噴血であったにちがいない。けれどまた、彼の超人的な武勇と精神力のすばらしさは、それに蹴ちらされた諸兵の眼から見ると、やはり人間業とは思えなかったのも事実であろう。紅の光! ――それは忠烈の光輝だといってもいい。紫の霧! ――それは武神の剣が修羅の中にひいて見せた愛の虹だと考えてもいい。
 ともあれ、青スの剣のよく斬れることには、趙雲も驚いた。この天佑と、この名剣に、阿斗はよく護られて、ふたたび千軍万馬の中を、星の飛ぶように、父玄徳のいるほうへ、またたくうちに翔け去った。



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宝剣_01

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 曹仁の旗下で、淳于導という猛将があった。
 この日、玄徳を追撃する途中、行く手に立ちふさがった糜竺と戦い、遂に糜竺を手捕りにして、自身の鞍わきに縛りつけると、
「きょう第一の殊勲は、玄徳をからめ捕ることにあるぞ。玄徳との距離はもう一息」
 と、淳于導はなおも勢いに乗って、千余の部下を励ましながら、驟雨の如くこれへ殺到してきたものだった。
 逃げまどう百姓の群れには眼もくれず、淳于導は、趙雲のそばへ駆け寄ってきた。玄徳の一将と見たからである。
「やあ、生捕られたは、味方の糜竺ではないか」
 趙雲は、その敵と鎗をまじえながら、驚いて叫んだ。
 猛将淳于導も、こんどの相手は見損っていた。かなわじと、あわてて馬の首をめぐらしかけた刹那、趙雲のするどい鎗は、すでに彼の体を突き上げて、一旋! 血を撒きこぼして、大地へたたきつけていた。
 残る雑兵輩を追いちらして、趙雲は糜竺を扶けおろした。そして敵の馬を奪って、彼を掻き乗せ、また甘夫人も別な駒に乗せて、長坂橋のほうへ急いだ。
 ――と。
 そこの橋の上に、張飛が馬を立てていた。さながら天然の大石像でも据えてあるような構えである。ただ一騎、鞍上に大矛を横たえ、眼は鏡の如く、唇は大きくむすんで、その虎髭に戦々と微風は横に吹いていた。
「やあっ。それへ来たのは、人間か獣か」
 いきなり張飛が罵ったので、趙雲もむッとして、
「退がれっ。甘夫人の御前を――」と、叱りとばした。
 張飛は、彼のうしろにある夫人の姿に、初めて気がついて、
「おお、趙雲。貴様は曹操の軍門に降伏したわけじゃなかったのか」
「何をばかな」
「いや、その噂があったので、もしこれへ来たら。一颯のもとに、大矛の餌食にしてやろうと、待ちかまえていたところだ」
「若君と二夫人のお行方をたずね、明け方から血眼に駆けまわり、ようやく廿夫人だけをお探し申して、これまでお送りしてきたのだ。して、わが君には?」
「この先の木陰にしばしご休息なされておる。君にも、幼君や夫人方の安否をしきりとお案じなされておるが」
「さもあろう。では張飛。ご辺は甘夫人と糜竺を守って、君の御座所まで送りとどけてくれ。それがしは、またすぐここから取って返して、なお糜夫人と阿斗の君をおたずね申してくる」
 云い残すや否や、趙雲は、ふたたび馬を躍らせて、単騎、敵の中へ駆けて行った。
 すると彼方から十人ほどの部下を従えた若い武者が、ゆったりと駒をすすめて来た。背に長剣を負い、手に華麗な鎗をかかえている容子、然るべき一方の大将とは、遠くからすぐ分った。
 趙雲はただ一騎なので、近づくまで、先では、敵とも気がつかなかったらしい。不意に名乗りかけられて若武者はひどく驚愕した。従者もいちどに趙雲をつつんだが、もとより馬蹄の塵にひとしい。たちまち逃げ散ってしまい。その主人たる若武者は、あえなく趙雲に討たれてしまった。
 その際、趙雲は、
「や。いい剣を持っている」と、眼をつけたので、すぐ死骸の背から剣を奪りあげてあらためてみた。
 剣の柄には、金を沈めて、青スの二字が象嵌されている。――それを見て、初めて知った。
「あ。この者が、曹操の寵臣、夏侯恩であったか」――と。
 伝え聞く、侯恩は、かの猛将夏侯惇の弟であり、曹操の側臣中でも、もっとも曹操に愛されていた一名といえる。――その証拠には曹操が秘蔵の剣「青ス・倚天」の二振りのうち、倚天の剣は、曹操みずから腰に帯していたが、青スの剣は、侯恩に佩かせて、
「この剣に位負けせぬほどな功を立てよ」
 と、励ましていたほどである。



 青スの剣。青スの剣。
 趙雲は狂喜した。
 かかる有名な宝剣が、はからずも身に授かろうとは。
「これは、天授の剣だ」
 背へ斜めにそれを負うやいな、趙雲はふたたび馬へ跳びのって、野に満つる敵の中へ馳駆して行った。
 そのとき曹操の軍兵はすでに視野のかぎり殺到していた。逃げおくれた百姓の老幼や、離散した玄徳の兵を、殺戮して余すところがない。趙雲は義憤に燃ゆる眦をあげて、
「鬼畜め」
 むらがる敵を馬蹄の下に蹂躙しながら、なおも、声をからして、
「お二方あっ。お二方はいずこに」
 と、糜夫人と幼主阿斗の行方を尋ねまわっていた。
 すでに八面とも雲霞の如き敵影だったが、彼は還ることを忘れていた。すると、傷を負って、地に仆れていた百姓の一人が、むくと首を上げて、彼へ叫んだ。
「将軍将軍。その糜夫人かも知れませんよ。左の股を敵に突かれ、彼方の農家の破墻の陰へ、幼児を抱いて、仆れている貴夫人があります。すぐ行ってごらんなさい。つい今し方のことですから」
 指さして教え終ると、そのまま百姓は息が絶えた。
 趙雲は、飛ぶが如く、彼方へ駆けて行った。なかば兵火に焼かれたあばら家が、裏の墻と納屋とを残して焦げていた。馬をおりて、そこかしこを見まわしていると、破墻の陰で、幼児の泣き声がした。
「おうっ、和子様っ」
 彼の声に、枯草をかぶって潜んでいた貴夫人は、児を抱いたまま逃げ走ろうとした。しかし身に深傷を負っているとみえて、すぐばたりと仆れた。
「糜夫人ではありませんか。家臣の趙雲です。お迎えに来ました。もうご心配はありません」
「……おお、趙雲でしたか。……うれしい。どうか、和子のお身をわが良人のもとへ、つつがなく届けて下さい」
「もとよりのこと。いざ、あなた様にも」
「いいえ! ……」
 彼女は、強くかぶりを振った。そして阿斗の体を、趙雲の手へあずけると、急に、張りつめていた気もゆるんだか、がくとうつぶして、
「この痛手、この痛手。……たとえふたたび良人のもとへ還っても、もう妾の生命はおぼつかない。もし妾のために、将軍の馬を取ったら、将軍は和子を抱いて、敵の中を、徒歩で行かねばならないでしょう。……もうわが身などにかまわず、少しも早く和子のお身をこの重囲の外へ扶け出して下さい。それが頼みです。臨終の際のおねがいです」
「ええ! お気の弱い! たとえ馬はなくとも、趙雲がお護りして行くからには」
「オオ……喊の声がする。敵が近づいて来るらしい。趙雲、何でそなたは、大事な若君を預りながら、なお迷っているか。早くここを去ってたも。……妾などは見捨てて」
「どうして、あなた様おひとりを、ここに残して立去れましょう。さ、その馬の背へ」
 駒の口輪を取って引き寄せると、糜夫人は突如身をひるがえして、傍らの古井戸の縁へ臨みながら、
「やよ趙雲。その子の運命は将軍の手にあるものを。妾に心をかけて、手のうちの珠を砕いてたもるな」
 云うやいな、みずから井戸の底へ、身を投げてしまった。
 趙雲は、声をあげて哭いた。草や墻の板を投げ入れて、井戸をおおい、やがて甲の紐をといて、胸当の下に、しっかと、幼君阿斗のからだを抱きこんだ。
 阿斗は、時に、まだ三歳の稚なさであった。



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母子草_02

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 しかし、張飛の力も、無限ではない。結局、一方の敵軍を、喰い止めているに過ぎない。
 その間に、なおも、玄徳を目がけて、
「遁さじ」
「やらじ」
 と、駆け追い、駆け争って来る敵は、際限もなかった。逃げ落ちて行く先々を、伏兵には待たれ、矢風は氷雨と道を横ぎり、玄徳はまったく昏迷に疲れた。睫毛も汗に濡れて、陽も晦い心地がした。
「ああ。――もう息もつけぬ」
 われを忘れて、彼は敢て馬からすべり降りた。五体は綿のごとく知覚もない。
「……おお」
 見まわせば、つき従う者どもも、百余騎しかいなかった。彼の妻子、老少を始め、糜竺、糜芳、趙雲、簡雍そのほかの将士はみな何処で別れてしまったか、ことごとく散々になっていたのである。
「百姓たちはどうしたか。妻子従者の輩も、一人も見えぬは如何にせしぞ。たとい木石の木偶なりと、これが悲しまずにおられようか」
 玄徳はそういって、涙を流し、果ては声をはなって泣いた。
 ――ところへ……糜芳が満身朱にまみれて、追いついてきた。身に立っている矢も抜かず、玄徳の前に膝まずいて、
「無念です。趙雲子龍までが心がわりして、曹操の軍門に降りました」
 と、悲涙をたたえて訴えた。
「なに、趙雲が変心したと?」玄徳は、鸚鵡返しに叫んだが、すぐ語気をかえて、糜芳を叱った。
「ばかなことを! 趙雲とわしとは、艱難を共にして来た仲である。彼の志操は清きこと雪の如く、その血は鉄血のような武人だ。わしは信じる。なんで彼が富貴に眼をくらまされて、その志操と名を捨てよう!」
「いえいえ、事実、彼が味方の群れを抜けて、まっしぐらに、曹軍のほうへ行くのを、この眼で見届けました。確かに見ました」
 すると、横合いから、
「さてこそ。ほかにもそれを、見たという声が多い」
 と、呶鳴って、糜芳のことばを、支持したものがある。
 殿軍を果たして、今ここへ、追いついてきた張飛だった。
 気の立ッている張飛は、眦を裂いていう。
「よしっ。もう一度引っ返して、事実とあれば、趙雲を一鎗に刺し殺してくれねばならん。君にはどこぞへ身をかくして、しばしお体をやすめていて下さい」
「否々。それには及ばぬ、趙雲は決してこの玄徳を捨てるような者ではない。やよ張飛、はやまったこと致すまいぞ」
「何の! 知れたものではない」
 張飛はついにきかなかった。
 二十騎ばかりの部下をひきつれ、再びあとへ駆けだして行く。すると一河の水に、頑丈な木橋が架かっていた。
 長坂橋――とある。
 橋東の岸に密林があった。張飛は部下に何かささやいて、二十騎を林にかくした。部下は彼の策に従って、おのおの馬の尾に木の枝を結いつけ、がさがさと林の中をのべつ往来していた。
「どうだ、この計りごとは。まさか二十騎とは思うまい。四、五百騎にも見えようが」
 ほくそ笑みして、彼はただ一人、長坂橋の上に馬を立てた。そして大矛を小脇に横たえ、西のほうを望んでいた。
 ――ところで、噂の趙雲は、どうしたかというに。
 彼は襄陽を立つときから、主君の眷属二十余人とその従者や――わけても甘夫人だの、糜夫人だの、また幼主阿斗などの守護をいいつけられていたので、その責任の重大を深く感じていた。
 ところが、前夜の合戦と、それからの潰走中に、幼主阿斗、二夫人を始め、足弱な老幼は、あらかた闇に見失ってしまったのである。
 趙雲たるもの、何で、そのまま先を急がれよう、彼は、血眼となって、
「君にお合せする顔はない」
 と、夜来、敵味方の中を、差別なく駈けまわって、その方々の行方をさがしていたのだった。



 面目――面目――何の面目あってこのまま主君にまみえん?
「生命のある限りは」
 と、趙雲は、わずか三十余騎に討ちへらされた部下と共に、幾たびか敵の中へ取って返し、
「二夫人は何処? 幼君はいずれにおわすぞ」
 と、狂気のごとく、尋ねまわっていた。
 そうして、四方八面、敵味方の境もなく、馳けめぐっている野にはまた、数万の百姓が、右往左往、或いは矢にあたり、石に打たれ、または馬に蹴られ、窪に転び落ちなど、さながら地獄図のような光景を描いていた。親は子を求め、子は親を呼び、女は悲鳴をあげて夫を追い、夫は狂奔して一家をさがし廻るなどと、その声は野に満ち、天をおおうばかりである。
「――やっ? 誰か」
 草の根に血は溝をなして流れている。趙雲はふと見たものに、はっとして駒を下りた。
 うっ伏している武者がある。近づいて抱き起してみると、味方の大将、簡雍であった。
「傷は浅いぞ、おうッいッ、簡雍っ――」
 簡雍は、その声に、意識づいて、急にあたりを見廻した。
「あっ、趙雲か」
「どうした? しっかりせい」
「二夫人は? ……。幼主、阿斗の君は、どう遊ばされたか?」
「それは、俺から聞きたいところだ。簡雍、おぬしはここまでお供してきたのか」
「むむ、これまで来ると、一彪の敵軍につつまれ、俺は敵の一将を討ち取って、お車の側へすぐ引っ返してきたが、時すでに遅しで」
「や。生擒りとなられたか」
「いや二夫人には、阿斗の君を抱き参らせて、お車を捨て、乱軍の中を、逃げ走って行かれたと――部下のことばに、すわご危急と、おあとを追って行こうとした刹那、流れ矢にあたったものか、後ろから斬りつけられたのか……その後は何もわからない、思うに、気を失っていたとみえる」
「こうしてはおられぬ。――簡雍、おぬしは君のおあとを慕って急げ」
 と、趙雲は彼を扶けて、駒の背に掻い上げ、部下を付けて先へ送らせた。
 そして、彼自身は、
「たとえ、天を翔け、地に入るとも、ご眷族の方々を探し当てぬうちは、やわか再び、君のご馬前にひざまずこうぞ」と、いよいよ、鉄の如き一心をかためて、長坂坡のほうへ馬を飛ばしていた。
 一隊の兵がうろうろしていた。手をあげて、
「趙将軍。趙将軍」と、彼を見かけて呼ぶ。
 それは、車をおす役目の歩卒たちである。趙雲は、振り向きざま、
「夫人のお行方を知らぬか」と、たずねた。
 車兵はみな指を南へさして、
「二夫人には、お髪をふりさばき、跣足のままで、百姓どもの群れにまじり、南へ南へ、人浪にもまれながら逃れておいでになりました」と、悲しげに訴えた。
「さては」と趙雲は、なおも馬を飛ばすこと宙を行くが如く、百姓の群れを見るごとに、
「二夫人はおわさぬか。幼君はおいでないか」と、声を嗄らしながら馳けて行った。
 するとまた、数百人の百姓老幼の一群に会った。趙雲が馬上から同じことばを声かぎりくり返すとわっと泣き放ちながら、馬蹄の前に転び伏した人がある。
 甘夫人であった。
 趙雲は、あなやと驚いて、鎗を脇に挟んで鞍から飛びおりざま、夫人を扶け起して詫びた。
「かかる難儀な目にお遭わせ申しましたのも、まったく臣の不つつかが致したこと、何とぞお怺えくださいまし。してしてまた、糜夫人と阿斗の君のお二方には、何処においで遊ばしますか」
「若君や糜夫人とも、初めはひとつに逃げのびていたが、やがて一手の敵兵に駈け散らされ、いつかはぐれてしもうたまま……」
 涙ながら甘夫人が告げているまに、辺りの百姓たちはまた、騒然と群れを崩して、蜘蛛の子のように逃げ出した。



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母子草_01

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 于禁は四日目に帰ってきた。
 そのあいだ曹操は落着かない容子に見えた。しきりに結果を待ちわびていたらしい。
「ただいま立ち帰りました。遠く追いついて、蔡夫人、劉jともに、かくの如く、首にして参りました」
 于禁の報告に接して、初めてほっとした態である。劉表の血族は、これでほぼ絶えたに近い。運の末こそ哀れである。――曹操は一言、
「よし」と、云ったきりであった。
 また彼は、多くの武士を隆中に派して、孔明の妻や弟などの身寄りを詮議させていた。
 曹操が孔明を憎むことはひと通りでなかった。
「草の根を分けても、彼の三族を捕えてこい」
 という厳命を発している。命をうけた部将たちは、手下を督励して、かの臥龍岡の旧宅をはじめ近村あまねく捜し求めたが、どうしても知れなかった。すでに孔明はこのことあるを知って、家族を三江の彼方へくらまし、里人も皆、彼の徳になついているので、曹操の捕手にたいして、何の手がかりも与えなかった。
 こんなことに暇どっている一方、曹操は毎日、荊州の治安やら旧臣の処置やら、また賞罰の事、新令発布の事など、限りもない政務に忙殺されていた。
「丞相。――お茶など献じましょうか」と、或る折、侍側の荀攸は、わざと彼の繁忙を妨げて云った。
「茶か。そうだな、一ぷく喫しようか」
「忙裏の小閑は命よりも尊し――とか。こういう時、一喫の茶は、生命をうるおします」
「ときに税務の処理は、片づいたか」
「税務よりは、もっと急がねばならないことがおありでしょう」
「何じゃ、そんなに急を要することとは」
「玄徳以下の者が、ここを逃げ去ってから、もう十日余りとなります。彼らがもし江陵の要害に籠り、そこの金銀兵糧などを手に入れたら如何なさいますか」
「あっ、そうだ!」
 曹操は、突然、卓を打って突っ立ちながら、
「忙におわれ、些末に拘泥しておって、つい大局を見失っていた。荀攸! なぜ其方は、もっと早く予に注意しなかったのだ」
「――でも、当の敵を、お忘れある筈はないと思っていましたから」
「ばかをいえ。こういそがしくては、誰しも、つい忘れることだってある。早く軍馬の用意を命じ玄徳を追撃させい」
「ご命令さえ出れば、決してまだ手おくれではありません。玄徳は数万の窮民を連れているので、一日の行程わずか十里という歩み方です。鉄騎数千、疾風のごとく追わせれば、おそらく二日のうちに捕捉することができましょう」
 荀攸はすぐ諸大将を城の内庭に集めた。令を下すべく曹操が立って見わたすところ、荊州の旧臣中では、ひとり文聘の姿だけが見えなかった。
「なぜ文聘はこれへ来ないか」
 と、呼びにやると、ようやく文聘はあとから来て、列将の端に立った。
「何ゆえの遅参か。申しひらきあらばいえ」
 曹操から譴責されて、文聘は、愁然とそれに答えた。
「理由はありません。ただ恥かしいのです。故劉表に託されて、自分は常に漢川の境を守り、もし、外敵の侵攻あるとも、一歩も敵に主君の地は踏ませじ――と誓っていたのに、事志とたがい、遂に、今日の現実に直面するに至りました。――その愧を思えば、なんで人より先に立って人なかへ出られましょう」
 さしうつ向いて、文聘は涙をたれた。曹操は感動して、
「いまの言葉は、真に国へ報じる忠臣の声である」
 といって、即座に彼の官職をひきあげて、江夏の太守関内侯とした。
 そして、まず、玄徳追撃の道案内として、文聘にそれを命じ、以下の大将に鉄騎五千をさずけて、「すぐ行け!」とばかり急きたてた。



 数万の窮民を連れ歩きながら、手勢はわずかに二千騎に足らなかった。
 千里の野を、蟻の列が行くような旅だった。道の捗らないことはおびただしい。
「江陵の城はまだか」
「まだまだ道は半ばにすぎません」
 襄陽を去ってから、日はもう十幾日ぞ。――こんな状態でいったらいつ江陵へ着くだろうと、玄徳も心ぼそく思った。
「さきに江夏へ援軍をたのみにやった関羽もあれきり沙汰がない。――軍師、ひとつ御身が行ってくれないか」
 玄徳のことばに、孔明は、
「行ってみましょう。どんな事情があるかわかりませんが、この際は、それしか恃む兵力はありませんから」と、承知した。
「ご辺が参って、援軍を乞えば、劉g君も決して嫌とは申されまい。――ご辺の計らいで、継母蔡夫人の難からのがれたことも覚えておられるだろうから……」
「では、ここでお別れしましょう」
 孔明は兵五百をつれ、途中から道をかえて、江夏へいそいだ。
 孔明と別れてから二日目の昼である。ふと、一陣の狂風に野をふりかえると、塵埃天日をおおい、異様な声が、地殻の底に鳴るような気がされた。
「はて、にわかに馬のいななき躁ぐのは――そも、何の兆だろう」
 玄徳がいぶかると、駒をならべていた糜芳、糜竺、簡雍らは、
「これは大凶の兆せです。馬の啼き声も常とはちがう」と呟いて、みな怖れふるえた。
 そして、人々みな、
「はやく、百姓どもの群を捨て先へお急ぎなさらねば、御身の危急」
 と、口を揃えてすすめたが、玄徳は耳にも入れず、
「――前の山は?」と、左右に訊いた。
「前なるは、当陽県の水、うしろなる山は景山といいます」
 ひとりが答えると、さらばそこまでいそげと、婦女老幼の群れには趙雲を守りにつけ、殿軍には張飛をそなえて、さらに落ちのびて行った。
 秋の末――野は撩乱の花と丈長き草におおわれていた。日もすでに暮れかけると、大陸の冷気は星を研き人の骨に沁みてくる。啾々として、夜は肌の毛穴を凍らすばかりの寒さと変る。
 真夜中のころである。
 ふいに、人の哭きさけぶ声が、曠野の闇をあまねく揺るがした。――と思うまに、闇の一角から、喊声枯葉を捲き、殺陣は地を駆って、
「玄徳を逃がすな」
 と、耳を打ってきた。
 あなや! とばかり玄徳は刎ね起きて、左右の兵を一手にまとめ、生命をすてて敵の包囲を突き破った。
「わが君、わが君。――はやく東へ」
 と、教えながら、防ぎ戦っている者がある。見れば、後陣の張飛。
「たのむぞ」
 あとを任せて、玄徳は逃げのびたが、やがて南のほう――長坂坡の畔りにいたると、ここに一陣の伏兵あって、
「劉予州、待ちたまえ、すでにご運のつきどころ、いさぎよくお首をわたされよ」
 と、道を阻めて、名乗り立った一将がある。
 見れば、荊州の旧臣、文聘であった。彼は、義を知る大将と、かねて知っていた玄徳は、
「おう足下は、荊州武人の師表といわれる文聘ではないか。国難に当るや直ちに国を売り、兵難に及ぶやたちまち矛を逆しまにして敵将に媚び、その走狗となって、きのうの友に咬みかかるとは何事ぞ。その武者振りの浅ましさよ。それでも足下は、荊州の文聘なるか」と、罵った。
 ――と、文聘は答えもやらず、面を赤らめながら遠く駆け去ってしまった。次に、曹操の直臣許褚が玄徳へ迫って来たが、その時はすでに張飛があとから追いついていたので、辛くも許褚を追って、一方の血路を切りひらき、無二無三、玄徳を先へ逃がして、なお彼はあとに残って、奮戦していた。



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