2013年12月13日

檀渓を跳ぶ_02

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 州の主催にかかる官衙の園遊会は、要するに、知事以下の官吏や州の有力者が、この日の答礼と歓迎の意を表したものである。
 玄徳は迎えられて、そこへ臨んだ。
 馬を後園につながせて、定められた堂中の席につくと、知事、州吏、民間の代表者など、こもごも、拝礼を行って満堂に列坐し、さまざまに酒をすすめて玄徳をもてなした。
 酒三巡の頃にいたると、かねて肚に一物のある王威と文聘は、玄徳のうしろに屹と侍立している趙雲の側へ寄って、
「いかがです、一献」と、杯をすすめ、「そう厳然と立ち通しでは大変です。今日は上下一体、和楽歓游の日で、はや公式の席はあちらで相済んだことでもありますから、足下もひとつくつろいで下さい。ひとつ別席へ参って、われわれ武骨者は武骨者同士で大いに飲りましょう」と促した。
「いや、ご辞退申す」
 趙雲はにべもない。
「――折角だが断る」とのみで、どう誘っても、そこから動こうとはしない。
 けれど文聘や王威が怒りもせず、あくまで根よく慫慂している様子を、玄徳は見るに見かねて、
「これこれ、趙雲」と、振向いて――
「そちはよかろうが、そちの侍立しているうちは、部下の者どもも動くことができまい。それに折角のおもてなしに対してあまり固辞するも礼を欠く。――諸君のおことばに甘え、しばし退がって休息いたすがよい」と、いった。
 趙雲は、甚だぶっきら棒に、
「主命とあれば……」
 是非がない! といわんばかりな顔して、文聘や王威らと共に、別館へ退がった。
 部下三百の者も、同時に、自由を与えられて、おのおの遠く散らかった。
 蔡瑁は、心のうちで、
「わが事成れり」と、早くも座中の空気を見廻していた。すると、大勢の中にあった伊籍が、玄徳にそっと目くばせして、
「まだご正服のままではありませんか。衣をお着かえなされては如何」と、囁いた。
 意を悟って、玄徳は、厠へ立つふりをして後園に出て見ると、果たして、伊籍が先に廻って木陰に待っていた。
「今やあなたの一命は風前の燈火にも似ている。すぐお逃げなさい! 一瞬を争いますぞ」
 伊籍のことばに、さてはと、玄徳も直観して、すぐ駒をといて引き寄せた。
 伊籍はかさねて、
「東門、南門、北門、三方すべて殺地。ただ西の門だけには、兵をまわしてないようです」
 と、教えた。
「かたじけない、後日、生命あればまた」
 云いのこしたまま、玄徳は後ろも見ずに走りだした。西門の番兵が、あッとなにか呶鳴ったようだが、飛馬の蹄は、一塵のもとに彼の姿を遠くしてしまった。
 鞭も折れよと、馳け跳ぶこと二里余り、道はそこで断たれていた。ただ見る檀渓(湖北省・襄陽の西、漢水の一支流)の偉観が前に横たわっている。断層をなした激流の見渡すかぎりは、白波天にみなぎり奔濤は渓潭を噛み、岸に立つや否、馬いななき衣は颯々の霧に濡れた。
 玄徳は馬の平首を叩いて、
「的盧的盧。汝、今日われに祟りをなすか、またわれを救うや。――性あらば助けよ!」
 と叫び、また心に天を念じながら、いきなり奔流へ馬を突っこんだ。激浪は人馬をつつみ、的盧は首をあげ首を振って濤と闘う。そしてからくも中流を突き進むや、約三丈ばかり跳んで、対岸の一石へ水けむりと共に跳び上がった。



 玄徳も、またその乗馬も、共に身ぶるいして、満身の水を切った。
「ああ! 我生きたり」
 無事、大地に立って檀渓の奔流を振返ったとき、玄徳は叫ばずにはいられなかった。そして、
「どうして越え得たろう?」と、後からの戦慄に襲われて、茫然、なおも身を疑っていた。
 すると渓をへだてて、おうーいっと、誰やら呼ぶ声がする。誰かと見れば、蔡瑁であった。
 蔡瑁は、玄徳が逃げたあとで、番兵から急を聞くと、すぐ悍馬を励まして追いかけてきたが、すでに玄徳の姿は対岸にあって、眼前の檀渓にただ身を寒うするばかりだった。
「劉使君。劉使君。何を怖れて、そのように逃げ走るか」
 蔡瑁の呼ばわるに、玄徳も此方から高声で答えた。
「われと汝と、なんの怨恨かある。しかるに、汝はわれを害せんとする。逃ぐるは君子の訓えに従うのみ」
「やあ、何ぞこの蔡瑁が御身に害意を抱こうや。疑いを去りたまえ」
 と、云いながら、ひそかに弓をとって、馬上に矢をつがえている容子らしいので、玄徳はそのまま南漳(湖北省・南漳)のほうをさして逃げ落ちて行った。
「ちえっ……みすみす彼奴を」
 蔡瑁は歯ぎしりをかむだけだった。切って放った一矢も、檀渓の上を行くと、一すじの藁みたいに奔濤の霧風にもてあそばれて舞い落ちてしまうに過ぎない。
「残念。何とも無念な……」
 幾度か悔やんだが、またひそかに思うには、この檀渓の嶮を、やすやすと無事に渡るなど、到底、凡人のよくなしあたう業ではない。玄徳には、おそらく神明の加護があるからだろう。神力には抗しがたし、――如かずここは引っ返して他日を待とう。そう彼は自分をなだめて、空しく道をもどった。
 と――彼方から馬煙あげてこれへくる一陣の兵馬があった。見ると真っ先に趙雲子龍、あとには三百の部下が彼と共に眼のいろ変えて喘ぎ喘ぎ馳け続いてくる。
「やっ、趙雲ではないか。どこへ参られる?」
 蔡瑁は、先手を打ってとぼけた。
「――何処へといって、わが主君のお姿が見えぬ。そのためこうして、八方おさがし申しておる。足下はご存じないか」
「実は自分も、それを案じて、ここまで見に参ったが、いっこう見当らん。いったい、何処へ行かれたのやら?」
「不審だ!」
「まったく不思議だ」
「いや、汝の態度をいったのだ」
「此方に何の不審があるか」
「今日、襄陽の会に、何を目的に、あんなおびただしい軍兵を、諸門に備えたか」
「此方は、荊州九軍の大将軍、また明日は、大宴に続いて、国中の武士を寄せ、狩猟を催すことになっておる。大兵はその勢子だ。何の不審があるか」
「ええ、こんな問答はしておられぬ!」
 趙雲は、渓に沿って、馳け去った。部下を上流下流に分け、声も嗄れよと呼んでみたが、答えるものは奔潭の波だけだった。
 いつか日は暮れた。
 趙雲はかさねて襄陽の城内へ戻ってみたが、そこにも玄徳の姿は見えない。――で、彼は悄然と、夜を傷みつつ、新野の道へ帰って行った。



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食客_02

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 新野は一地方の田舎城である。
 けれど、河南の春は平和に、ここへ来てから、玄徳に歓び事があった。
 正室の甘夫人が、男児を産んだのである。
 お産の暁方には、一羽の鶴が、県衙の屋根にきて、四十余声啼いて西へ翔け去ったという。
 また、妊娠中に夫人が、北斗星を呑んだ夢を見たというので、幼名を「阿斗」とつけ、すなわち劉禅阿斗と称した。
 時は、建安十二年の春だった。
 ちょうどその前後、曹操の遠征は、冀州から遼西にまで及んで、許昌の府は、ほとんど手薄とうかがわれたので、玄徳は再三再四、劉表に向って、
「今こそ、志を天下に成す時ですが」と、すすめたが、劉表の答えはきまってこうであった。
「いや自分は、荊州九郡を保ってさえいれば、家は富み国は栄えるばかりだ。この上に何を望もう」
 玄徳は失望した。
 むしろこの人は、天下の計よりも、内心の一私事にわずらっているのではないか。
 かつて、劉表から打明けられた家庭上の問題を、玄徳は思い出してみた。
 劉表には二子があった。
 劉gは、前の妻陳夫人の腹であり、次男劉jは、蔡夫人の産した子である。
 長男のgは、賢才の質だが柔弱だった。そこで次男のjを立てようとしたが、長子を廃するのは国乱の始めなりと、俄然、紛論が起って、沙汰止みとされ、やむなく礼にしたがって、次男を除こうとしたところ、蔡夫人、蔡瑁などの勢力が隠然とものをいって、背後から彼を苦しめ惑わすのであった。
 折々、登城しては、その劉表に向って、天下の機微や風雲を語ってみても、こんな女々しい愚痴ばかり聞かされるので、玄徳もひそかに見限っていた。すると或る折、酒宴の半ばに、玄徳は厠へ立って、座に帰ると、しばらくのあいだ黙然と興もなげにさしうつ向いていた。
 劉表はいぶかって、
「どう召されたか。何ぞ、わしの話でも、気にさわられたか」と、たずねた。
 玄徳は面を振って、
「いえいえご酒宴を賜りながら、愁然とふさぎこみ、私こそ申しわけありません。仔細はこうです。ただ今、厠へ参って、ふとわが身をかえりみると、久しく美衣美食に馴れたせいでしょう、髀の肉が肥えふくれて参りました。――かつては、常に身を馬上におき、艱苦辛酸を日常としていた自分が――ああ、いつのまにこんな贅肉を生じさせたろうか。日月の去るは水の流るる如く、かくて自分もまた、なすこともなく空しく老いて行くのか……と、ふとそんなことを考えだしたものですから、思わずわれとわが身を恥じ、不覚な涙を催したわけでした。どうか、お心にかけないで下さい」と、詫びて、瞼をかろく指の腹で拭った。
 劉表は、思い出したように、
「そうそう、ずっと以前、許昌の官府で、君と曹操と、青梅の実をとり酒を煮て、共に英雄を論じた時、どちらが云ったか知らないが、天下の群雄もいま恐れるに足るものはない、まず真の英雄とゆるされる者はご辺と我ぐらいなものであろう――と語ったそうだが、その一方の御身が、先頃からこの荊州に来ていてくれるので、この劉表もどんなに心強いか知れぬ」と、いった。
 玄徳もその日は、いつになく感傷的になっていたので、
「曹操如き何かあらんです。もし私が貧しくも一国を持ち、それに相応する兵力さえ持てば……」
 と、つい口をすべらせかけたが、ふと劉表の顔色が変ったのに気づいて、後は笑いにまぎらして、わざと杯をかさねて大酔したふりをしてそこに眠ってしまった。



 横になると、手枕のまま、玄徳はもう大いびきをかき始めた。寝よだれを垂らして眠っている。
「……?」
 劉表は、猜疑に囚われた眼で、その寝顔を見まもっていた。自分の住居の中に、巨大な龍が横たわっているような恐怖をおぼえたのである。
「やはり怖ろしい人間だ!」
 彼もあわてて座を立った。
 すると、衝立の陰にたたずんでいた妻の蔡夫人が、ふと寄り添って囁いた。
「あなた、いまの玄徳のことばを、何とお聞きになりましたか。常には慎んでおりましても、酔えば性根は隠せません。本性を見せたのです。わたしは、恐ろしさにぞくぞくしました」
「……ううむ」
 劉表は、呻いたきり、黙然と奥の閣へかくれてしまった。
 良人の煮えきらない容子に蔡夫人は焦々しく思った。だが、良人はもう充分、玄徳に疑いを抱いていることは確かなので、急に兄の蔡瑁を呼んで、
「どうしたものであろう」と、はかった。
 蔡瑁は自分の胸を叩いて、
「此方にお任せ下さい」と、あわてて退がった。
 夕方までに、彼は極秘裡に一団の兵をととのえ、夜の更けるのを待っていた。翌日となれば、玄徳は新野へ帰る予定である。大事の決行は急を要したが、その客舎を襲撃するには、宵ではまずい。夜半か、夜明けか、寝込みを襲うが万全と考えていたのである。
 ――ところが。
 日頃から玄徳に好意をもっている幕賓の伊籍がちょうど城下に来ていて、ふとこのことを耳にはさんだので、
「これは、捨てておけない」
 と早速、彼の客舎へ贈り物として果物を届け、その中へ密封した一書をかくしておいた。
 玄徳はそれを見ておどろいた。夜半に蔡瑁の兵がここを取囲むであろうとある。彼は、夕方の食事も半ばにして、客舎の裏から脱出した。従者もちりぢりに後から逃げて彼に追いついた。
 蔡瑁は、そんなこととも知らず、五更の頃を見はからって、一斉に鉦を鳴らし、鼓を打ち、ここへ殺到した。
 もちろん、藻抜けの殻。彼は、
「不覚っ」と、地だんだを踏み、追手をかけてみたが、獲るところもなかった。
 そこで彼は、一計を案じて、自分の作った詩を、部下のうちで偽筆の巧みな者に命じ、墨黒々、客舎の壁に書かせておいた。
 そして、急遽、
「一大事でござる」と城へ行って、劉表に会い、真しやかにこう告げた。
「常々、玄徳とその部下の者どもが、この荊州を奪わんとし、ご城下に参るたび、地形を測り攻め口を考究し、不穏な密会あると聞き及びおりますため、昨夜、小勢の兵をうかがわせ、様子をさぐらせておりましたところ、早くも事の発覚と見、一詩を壁に書き残したまま、風を喰らって新野へ逃げ失せましてございます。――ご当家のご恩もわすれて、まことに言語道断な振舞いで」
 劉表はみなまで聞かないうち蒼白になっていた。急いで駒を命じ、自身、客舎へ行って、彼が書きのこして行ったという壁の詩を見つめた。

困シテ荊襄ヲ守ルスデニ数年
眼前空シク旧山川ニ対ス
蛟龍豈コレ池中ノ物ナランヤ
臥シテ風雷ヲ聴キ飛ンデ天ニ上ル

「……?」
 劉表の鬢髪はふるえを見せていた。蔡瑁は今こそと、馬をすすめて、
「兵の用意はできています。いざ新野へご出陣を」
 と、云ったが、劉表はかぶりを振って、
「詩などは、戯れに作ることもある。もう少し彼の様子を見てからでも……」
 と、そのまま城中へ戻ってしまった。



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食客_01

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 北方攻略の業はここにまず完成を見た。
 次いで、曹操の胸に秘められているものは、いうまでもなく、南方討伐であろう。
 が、彼は、冀州城の地がよほど気に入ったとみえて、ここに逗留していること久しかった。
 一年余の工を積んで、漳河の畔りに銅雀台を築いた。その宏大な建物を中心に、楼台高閣をめぐらして、一座の閣を玉龍と名づけ、一座の楼を金鳳ととなえ、それらの勾欄から勾欄へ架するに虹のように七つの反橋をもってした。
「もし老後に、閑を得たら、ここに住んで詩でも作っていたい」
 とは、父としての彼が、次男の曹子建にもらした言葉だった。
 曹操の一面性たる詩心――詩のわかる性情――をその血液からうけついだ者は、ほかに子も多いが、この次男だけだった。
 で、曹操は、日ごろ特に、彼を愛していたが、自分はやがて都へ還らなければならない身なので、「よく兄に仕えて、父が北方平定の業を、空しくするなよ」と訓え、兄の曹丕と共に鄴城へとどめて、約三年にわたる破壊と建設の一切を完了し、兵雲悠々と許都へひきあげた。
 まず久しぶりに参内して、天子に表を捧げ、朝廟の変りない様をも見、つづいて大規模な論功行賞を発表した。また郭嘉の子郭奕を取り立てなどして、帰来、宰相としての彼は、陣中以上、政務に繁忙であった。
      ×     ×     ×
 食客は天下いたる処にいる。
 主は好んで客を養い、客は卑下なく大家に蟠踞して、共に天下を談じ、後日を期するところあらんとする。――そうした風潮は、当時の社会の慣わしで、べつに異とするほどなことではなかった。
 三千の兵、数十の将、二名の兄弟、そのほか妻子眷族まで連れていても、国を失って、他国の庇護のもとに養われれば、これもまた「大なる食客」であった。
 いま荊州にある玄徳は、そうした境遇であった。けれど、食客もただ徒食してはいない。国も遊ばせてはおかない。
 江夏の地に、乱がおこった。張虎、陳生という者が、掠奪、暴行から進んで叛乱の火をあげたのである。
 玄徳は、自ら望んで、その討伐に向った。そして地方の乱を鎮定し、その戦で、賊将張虎が乗っていた一頭の名駿を手に入れて帰った。
 張虎、陳生の首を献じて、
「もうあの地方には、当分、ご心配の必要はないでしょう」
 と、報告をすました。劉表は彼の功を賞して、甚だしく歓んだが、幾日か過ぎると、また、
「憂いのたねは尽きないものだ」と、嘆息して、玄徳にはかった。
「ご辺のような雄才が、わが荊州にいる以上、大安心はしているが、漢中の張魯と、呉の孫権はいつも頭痛のたねだ。ことに南越の境には、のべつ敵の越境沙汰がたえない。この患いを除くにはどうしたものであろう?」
「さあ、人間の住む地には、万全というものはあり得ないものですが、やや安泰をお望みあるなら、私の部下の三名をお用いあって、張飛を南越の境に向け、関羽に固子城を守らせて漢中に備えさせ、趙雲に兵船を支配させて、三江の守備を厳になされたら如何です。彼らはかならず死守して荊州の寸土も敵に踏ませることではありません」と、思うままのべた。
 劉表は同意した。玄徳の雄将たちを、自国のためそこまで有効に使えれば――と、その歓びを大将蔡瑁に語ったところが、
「ははあ、なるほど」と、いう程度で蔡瑁はあまり感服しない顔色だった。
 彼は、劉表の夫人蔡氏の兄である。それかあらぬか、彼はさっそく後閣を訪ねて、何か夫人と囁きあっていた。もちろん問題は玄徳のことらしい。



 主君の夫人たりまた自分の妹でもある彼女へ、蔡瑁はこう囁いた。
「御身からそれとなく諫めたほうがよかろう。此方から申し上げれば、表立って、自然、角も立つからな」
 蔡夫人はうなずいた。
 その後、良人の劉表と、ただ二人きりの折、彼女は女性特有な細かい観察と、針をふくむ綿のような言葉で、
「すこしはご要心遊ばして下さいませ。あなたはあなたご自身のお心で、世間の者もみな潔白だと思って、すぐご信用になりますけれど、どうして、玄徳などという人には、油断も隙もありはしません。――あの人は以前沓売りだったというじゃありませんか。義弟の張飛は、ついこの間まで、汝南の古城に籠って強盗をしていたというし。……何だか、あの人がご城下へきてから、とても藩中の風儀が悪くなったような気がします。ご譜代の家臣たちも、みな胸を傷めているそうでございますし」と、有ることないこと、さまざまに誹った。
 それをみな真にうけるほど、劉表も妻に甘くはないが、なんとなく玄徳に対して、一抹の不安を持ったことは否めない。
 閲兵のため、城外の馬場へ出た日である。劉表は、ふと、玄徳の乗っている駿壮の毛艶とそのたくましい馬格を見て、
「すばらしい逸足ではないか」と、嘆賞してやまなかった。
 玄徳は、鞍からおりて、
「そんなにお気に召したものなら、献上いたしましょう」と自ら口輪をとって進めた。
 劉表はよろこんで受けた。すぐ乗換えて城中へ帰ってくると、門側に立っていた蒯越という者が、
「おやッ、的盧だ」と、つぶやいた。
 劉表が聞きとがめて、
「蒯越、なにをおどろくか」
 と、たずねた。蒯越は拝伏して、理由をのべた。
「私の兄は、馬相を見ることの名人でした。ですから自然、馬相について教わっていましたが、四本の脚が、みな白いのを四白といい、これも凶馬とされていますが、額に白点のある的盧は、もっと凶いといわれています。それを乗用する者に、必ず祟りをなすと古来から忌まれているもので、ために、張虎もこの馬に乗って討死しました」
「……ふウむ?」
 劉表はいやな顔してそのまま内門深く通ってしまった。
 次の日。酒宴の席で、彼は玄徳に杯を与えながらいった。
「きのうは、心にもない無心をした。あの名馬は、ご辺に返そう。城中の厩に置かれるよりは、君の如き雄材に、常に愛用されていたほうが、馬もきっと本望だろうから」
 と、さり気なく、心の負担を返してから、彼はまた、
「――時にご辺も、館にいては市街に住み、出ては城中の宴に列し、こう無事退屈の中におられては、自然、武芸の志も薄らごう。わが河南の襄陽のそばに新野(河南省・新野)という所がある。ここには武具兵糧も籠めてあるから、ひとつ一族部下をつれて、新野城に行ってはどうか。あの地方をひとつ守ってくれんか」
 もちろん否やはない。玄徳は即座に命を拝して、数日の後、新野へ旅立った。
 劉表は城外まで見送った。一行は荊州の城下に別れを告げ、やがて数里を来ると、ひとりの高士が彼の馬前に長揖して告げた。
「先頃城内で、蒯越が劉表に説いていました。――的盧は凶馬と――乗る人に祟りをなすと。――どうかそのご乗馬はお換えください」
 何びとか? と見ると、それは劉表の幕賓で、伊籍字を機伯という者だった。
 玄徳は馬をおりて、
「先生、おことばは謝しますが、憂いはおやめ下さい。――死生命アリ、富貴天ニアリ――何の馬一匹が私の生涯をさまたげ得ましょう」
 と、手を取って笑い、爽やかに別れを告げて、ふたたび新野の道へ向った。



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