2013年12月04日

避客牌_02

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 主がすべての客を謝して門を閉じている時は、門にこういう聯をかけておくのが慣いであった。
 また客も門にこの避客牌がかかっているときは、どんな用事があっても、黙々、帰ってゆくのが礼儀なのである。
 曹操は、やがて関羽が、自身で暇を乞いにくるのを察していたので、あらかじめ牌をかけておいたのだった。
「……?」
 関羽はややしばらく、その前にたたずんでいたが、ぜひなく踵をめぐらして、その日は帰った。
 次の日も早朝に、また来てみたが依然として避客牌は彼を拒んでいた。
 あくる日は夕方をえらんで、府門へ来てみた。
 門扉は、夕べの中に、唖のごとく、盲のごとく、閉じられてある。
 関羽はむなしく立ち帰ると、下邳このかた随身している手飼いの従者二十人ばかりを集めて、
「不日、二夫人の御車を推して、この内院を立ち去るであろう。物静かに、打立つ用意に取りかかれ」
 と、いいつけた。
 甘夫人は、狂喜のいろをつつんで、関羽にたずねた。
「将軍、ここを去るのは、いつの日ですか」
 関羽は、口すくなく、
「朝夕のあいだにあります」と、漠然答えた。
 彼はまた、出発の準備をするについて、二夫人にも云いふくめ、召使いたちにも、かたく云い渡した。
「この院に備えてある調度の品はもちろんのこと、日頃、曹操からそれがしへ贈ってきた金銀緞匹、すべて封じのこして、ひとつも持ち去ってはならない」
 なお彼は、その間も、毎日、日課のように、府門へ出向いてみた。そしては、むなしく帰ることが七、八日に及んだ。
「ぜひもない。……そうだ、張遼の私邸をたずねて、訴えてみよう」
 ところがその張遼も、病気と称して、面会を避けた。何と訴えても、家士は主人に取次いでくれないのである。
「このうえはぜひもない!」
 関羽は、長嘆して、ひそかに意を決するものがあった。真っ正直な彼は、どうかして曹操と会い、そして大丈夫と大丈夫とが約したことの履行によって、快く訣別したいものだと日夜苦しんでいたのであるが、いまはもう百年開かぬ門を待つものと考えた。
「何とて、この期に、意をひるがえさんや」
 その夜、立ち帰ると、一封の書状をしたためて、寿亭侯の印と共に、庫の内にかけておき、なお庫内いっぱいにある珠玉金銀の筥、襴綾種々、緞匹の梱、山をなす名什宝器など、すべての品々には、いちいち目録を添えてのこし、あとをかたく閉めてから、
「一同、院内くまなく、大掃除をせよ」と、命じた。
 掃除は夜半すぎまでかかった。その代りに、仄白い残月の下には、塵一つなく浄められた。
「いざ、お供いたしましょう」
 一輛の車は、内院の門へ引きよせられた。二夫人は簾のうちにかくれた。
 二十名の従者は、車に添ってあるいた。関羽はみずから赤兎馬をひきよせて打ちまたがり、手に偃月の青龍刀をかかえていた。そして、車の露ばらいして北の城門から府外へ出ようとそこへさしかかった。
 城門の番兵たちは、すわや車のうちこそ二夫人に相違なしと、立ちふさがって留めようとしたが、関羽が眼をいからして、
「指など御車に触れてみよ、汝らの細首は、あの月辺まで飛んでゆくぞ」
 そして、からからと笑ったのみで、番兵たちはことごとく震い怖れ、暁闇のそこここへ逃げ散ってしまった。
「さだめし、夜明けとともに、追手の勢がかかるであろう、そち達は、ひたすら御車を守護して先へ参れ。かならず二夫人を驚かし奉るなよ」
 云いふくめて、関羽はあとに残った。そして北大街の官道を悠々、ただひとり後からすすんでいた。




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避客牌_01

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 玄徳が河北にいるという事実は、やがて曹操の耳にも知れてきた。
 曹操は、張遼をよんで、
「ちか頃、関羽の容子は、どんなふうか」と、たずねた。張遼は、答えて、
「何か、思い事に沈んでおるらしく、酒もたしなまず、無口になって、例の内院の番兵小屋で、日々読書しております」と、はなした。
 曹操の胸にはいま、気が気でないものがある。もちろん張遼もそれを察して、ひどく気を傷めているところなので、
「近いうちに、一度てまえが、関羽をたずねて、彼の心境をそれとなく探ってみましょう」
 と、いって退がった。
 数日の後。
 張遼はぶらりと、内院の番兵小屋を訪れた。
「やあ、よくお出で下すった」
 関羽は、書物をおいて、彼を迎え入れた。――といっても、門番小屋なので、ふたりの膝を入れると、いっぱいになるほどの狭さである。
「何を読んでおられるのか」
「いや、春秋です」
「君は、春秋を愛読されるか。春秋のうちには、例の有名な管仲と鮑叔との美しい古人の交わりが書いてある条があるが、――君は、あそこを読んでどう思う」
「べつに、どうも」
「うらやましいとはお思いにならぬか」
「……さして」
「なぜですか。たれも春秋を読んで、管仲と鮑叔の交わりを羨望しないものはない。――我ヲ生ムモノハ父母、我ヲ知ルモノハ鮑叔ナリ――と管仲がいっているのを見て、ふたりの信をうらやまぬものはないが」
「自分には、玄徳という実在のお人があるから、古人の交わりも、うらやむに足りません」
「ははあ。……では貴公と玄徳とのあいだは、いにしえの管仲、鮑叔以上だというのですか」
「もちろんです。死なば死もともに。生きなば生をともに。管仲、鮑叔ごとき類とひとつに語れませぬ」
 奔流のなかの磐石は、何百年激流に洗われていても、やはり磐石である。張遼はかれの鉄石心にきょうも心を打たれるばかりだったが、自分の立場に励まされて、
「――では、この張遼と貴公との交わりは、どうお考えですか」
 と、斬りこむように、一試問を出してみた。すると、関羽は、はっきりと答えた。
「たまたま、御身を知って、浅からぬ友情を契り、ともに吉凶を相救け、ともに患難をしのぎあって参ったが、ひとたび君臣の大義にもとるようなことにでも立ちいたれば、それがしの力も及びません」
「では、君と玄徳との、君臣の交わりとは、較べものにならぬ――というわけですな」
「訊くも愚かでしょう」
「しからばなぜ君は、玄徳が徐州で敗れた折、命をすてて戦わなかったか」
「それを止めたのは、貴公ではなかったか」
「……むむむ。……だが、さまで一心同体の仲ならば」
「もし、劉皇叔死し給えりと知らば、関羽はきょうにも死にましょう」
「すでにご存じであろうが、いま玄徳は河北にいます。――ご辺もやがて尋ねてゆくお考えでござろうな」
「いみじくも仰せ下さった。昔日の約束もあれば、かならず約を果たさんものと誓っています。――ちょうどよい折、どうかあなたから丞相に告げてそれがしのためにお暇をもらってください。このとおりお願いいたす」と関羽は莚に坐り直して張遼を再拝した。
(――さてはこの人、近いうちに都を去って故主の許へかえる決心であるな)
 と、張遼も、いまは明らかに観ぬいて心に愕きながらその足ですぐ曹操の居館へいそいだ。



 関羽の心底は、すでに決まっている。彼の心はもう河北の空へ飛んでいます。――
 張遼が、そうありのままに復命することばを、曹操は黙然と聞いていたが、
「ああ、実に忠義なものだ。しかし、予の真でもなお、彼をつなぎ止めるに足らんか」
 と、大きく嘆息して、苦悶を眉にただよわせたが、
「よしよし。このうえは、予に彼を留める一計がある」
 と、つぶやいて、その日から府門の柱に、一面の聯をかけて、みだりに出入を禁じてしまった。
 ――いまに何か沙汰があろう。張遼がなにかいってくるだろう。関羽はその後、心待ちにしていたが、幾日たっても、相府からは何の使いもない。
 そのうちに、ある夜、番兵小屋をひきあげて、家にもどろうとすると、途中、物陰からひとりの男が近づいてきて、
「羽将軍。羽将軍……。これをあとでご覧ください」
 と、何やら書簡らしい物を、そっと手に握らせて、風のように立ち去ってしまった。
 関羽はあとで愕いた。
 彼は幾たびか独房の燈火をきって、さんさんと落涙しながらその書面をくり返し読んだ。
 なつかしくも、それは玄徳の筆蹟であった。しかも、玄徳は縷々綿々、旧情をのべた末に、

君ト我トハ、カツテ一度ハ、桃園ニ義ヲ結ンダ仲デアルガ、身ハ不肖ニシテ、時マタ利アラズ、イタズラニ君ノ義胆ヲ苦シマセルノミ。モシ君ガソノ地ニ於テ、ソノママ、富貴ヲ望ムナラバ、セメテ今日マデ、酬イルコト薄キ自分トシテ、備(自分のこと)ガ首級ヲ贈ッテ、君ノ全功ヲ陰ナガラ祷リタイト思ウ。
書中言ヲツクサズ、旦暮河南ノ空ヲ望ンデ、来命ヲ待ツ。

 と、してあった。
 関羽は、劉備の切々な情言を、むしろ恨めしくさえ思った。富貴、栄達――そんなものに義を変えるくらいなら、なんでこんな苦衷に忍ぼう。
「いやもったいない。自分の義は自分のむねだけでしていること。遠いお方が何も知ろうはずはない」
 その夜、関羽はよく眠らなかった。そして翌る日も、番兵小屋に独坐して、書物を手にしていたが、なんとなく心も書物にはいらなかった。
 すると、ひとりの行商人がどこから紛れこんできたか、彼の小屋の窓へ立ち寄って、
「お返辞は書けていますか」と、小声でいった。
 よく見ると、ゆうべの男だった。
「おまえは、何者か」と、ただすと、さらに四辺をうかがいながら、
「袁紹の臣で陳震と申すものです。一日もはやくこの地をのがれて、河北へ来給えとお言伝てでございます」
「こころは無性にはやるが、二夫人のお身を守護して参らねばならん……身ひとつなれば、今でもゆくが」
「いかがなさいますか。その脱出の計は」
「計も策もない。さきに許都へまいる折、曹操とは三つの約束をしてある。先頃から幾つかの功をたてて、よそながら彼への恩返しもしてあることだから、あとはお暇を乞うのみだ。――来るときも明白に、また、去るときも明白に、かならず善処してまいる」
「……けれど、もし曹操が、将軍のお暇をゆるさなかったらどうしますか」
 関羽は、微笑して、
「そのときは、肉体を捨て、魂魄と化して、故主のもとにまかり帰るであろう」と、いった。
 関羽の返事を得ると、陳震は、すばやく都から姿を消した。
 関羽は次の日、曹操に会って、自身暇を乞おうと考えて出て行ったが、彼のいる府門の柱を仰ぐと、
 謹謝訪客叩門
 と書いた「避客牌」がかかっていた。




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風の便り_02

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 祝盃また大杯を辞せず、かさねて、やや陶然となった関羽は、やがて、その巨躯をゆらゆら運んで退出して来た。
 大酔はしていたが、帰るとすぐ、彼は、二夫人の内院へ伺候して、
「ただ今、汝南より凱旋いたしてござる。留守中なんのお恙もなくいらせられましたか」
 と、久しぶり拝顔して、四方山ばなしなどし始めた。
 すると甘夫人は、
「将軍、妾の待ちわびていたのは、そのような世間ばなしではありません。戦いの途次、なんぞわが夫玄徳の便りでも聞かなんだか。お行方を知る手がかりでも耳にしなかったか……」
 と、もう涙ぐんで訊ねた。
 関羽は、大々した腹中から、大きな酒気を吐いて、憮然と、
「その儀については、まだ手がかりもありませぬ。さりながら、この関羽がついておりますゆえ、余りにお心を苦しめたもうな。何事も、関羽におまかせあって、時節をお待ち遊ばすように」
 ――と。甘夫人も、糜夫人も、珠簾のうちに伏し転んで、声を放って泣き悲しんだ。
 そして恨めしげに、関羽へいうには、
「さだめし、わが夫は、もうどこかでお討死を遂げているのでしょう。それと話しては、妾たちが、嘆き悲しむであろうと将軍の胸だけに包んでいるにちがいない。……そうです、そうに違いない。……ああどうしたらよいであろう」
 こうも思い、ああも思い、女性の感傷は、纒綿の涙と戯れているようだった。糜夫人も、共に慟哭しながら、こよいの関羽の酒気をひがんで云った。
「羽将軍も、むかしと違って、いまは曹操の寵遇も厚く、恩にほだされて、妾たちが足手まといになって来たのでございましょう。……それならそれと云ってください。いっそのこと、将軍の剣で……妾たちのはかない生命をひと思いに」
「何を仰せられますか」
 酔も醒めて、関羽は胸を正した。そして改まって二夫人へこう諭した。
「それがしの苦衷も少しはお酌みとりくだされい。曹操の恩に甘えるくらいなら何でこんな忍苦をしておりましょう。皇叔のお行方についても、曙光が見えかけておりますが、もしあなた様がたにお告げして、それがふと内走の下女から外にでももれては、これまでの苦心も水泡に帰するやも知れずと、実は深く秘している次第でございまする」
「えっ、何といやるか。……では、皇叔のお行方がすこしは分りかけているのですか」
「されば、河北の袁紹に身を寄せられて、先頃は黄河の後陣までご出馬と、ほのかに聞き及んでおりますものの、それとてもまだ風の便り、もっと確かめてみなければわかりません」
「将軍、それは、誰に聞きましたか」
「孫乾に出会い、かれの口から聞いたことです。やがてしかとしたことがわかれば、孫乾が、途中まで迎えに出ている約束になっております」
「そ、それでは、内院を捨てて、許都から脱れ出るおつもりか……」
「しっ……」
 関羽は不意にふり向いて、内院の苑をじっと見ていた。風もないのに、そこらの樹木がさやさやと揺れたからである。
「……まだ、まだ、滅多なことを、お口に出してはいけません。再び、皇叔とご対面ある日まではじっとお身静かに、ただこの関羽をおたのみあって、何事も素知らぬふうにお暮しあれ。壁にも耳、草木にも眼がひそんでおるものと、お思い遊ばして」




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風の便り_01

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 大戦は長びいた。
 黄河沿岸の春も熟し、その後袁紹の河北軍は、地の利をあらためて、陽武(河南省・原陽附近)の要害へ拠陣を移した。
 曹操もひとまず帰洛して、将兵を慰安し、一日慶賀の宴をひらいた。
 その折、彼は諸人の中で、
「延津の戦では、予がわざと兵糧隊を先陣につけて敵を釣る計略を用いたが、あれを覚っていたのは荀攸だけだった。しかし荀攸も口の軽いのはいけない」と思い出ばなしなど持ちだして大いににぎわっていたが、そこへ汝南(河南省)から早馬が到来して一つの変を報じた。
 汝南には前から劉辟、龔都という二匪賊がいた。もと黄巾の残党である。
 かねて曹洪を討伐にやってあったが、匪賊の勢いは猛烈で洪軍は大痛手をうけ、いまなお、退却中という報告であった。
「ぜひ有力な援軍を下し給わぬと、汝南地方は黄匪の猖獗にまかせ、後々大事にいたるかも知れません」と、早打ちの使者はつけ加えた。
 ちょうど、宴の最中、人々騒然と議にわいたが、関羽が、
「願わくは、それがしをお遣りください」と、申し出た。
 曹操は、歓びながら、
「おお、羽将軍が行けば、たちどころに平定しようが、先頃からご辺の勲功はおびただしいのに、まだ予は、君に恩賞も与えてない。――しかるにまたすぐ戦野に出たいとは、どういうご意志か」
 と、すこし疑って訊ねた。
 関羽は、答えていう。
「匹夫は玉殿に耐えずとか、生来少し無事でいると、身に病が生じていけません。百姓は鍬と別れると弱くなるそうですが、こなたにも無事安閑は、身の毒ですから」
 曹操は、呵々と大笑しながら、膝をたたいて、――壮なるかな、さらば参られよと、五万の軍勢を与え、于禁、楽進のふたりを副将として添えてやった。
 あとで、荀ケは、曹操に意見した。
「よほどお気をつけにならんと、関羽は行ったまま、遂に帰ってこないかも知れません。始終容子を見ているに、まだ玄徳を深く慕っておるようです」
 曹操も、反省して、
「そうだ、こんど汝南から帰ってきたら、もうあまり用いないことにしよう」と、うなずいた。
 汝南に迫った関羽は、古刹の一院に本陣をおいて、あしたの戦に備えていたが、その夜、哨兵の小隊が、敵の間諜らしい怪しげな男を二名捕まえてきた。
 関羽が前に引きすえて、二名の覆面をとらせてみると、そのひとりは、なんぞ計らん、共に玄徳の麾下にいた旧友の孫乾なので、
「やあ、どうしたわけだ」と、びっくりして、自身彼の縛めを解き、左右の兵を退けてから、二人きりで旧情を温め合った。
 関羽はなによりも先ずたずねた。
「其許は、家兄玄徳のお行方を知っているだろう。いま何処におられるか」
「されば、徐州離散の後、自分もこの汝南へ落ちのびてきて、諸所流浪していたが、ふとした縁から劉辟、龔都の二頭目と親しくなり、匪軍のなかに身を寄せていた」
「や。では敵方か」
「ま、待ちたまえ。――ところがその後、河北の袁紹からだいぶ物資や金が匪軍へまわった。曹操の側面を衝けという交換条件で――。そんなわけで折々河北の消息も聞えてくるが、先頃、ある確かな筋から、ご主君玄徳が、袁紹を頼まれて、河北の陣中におられるということを耳にした。それは確実らしいのだ。安んじ給え。いずれにせよ、ご健在は確実だからな」



 故主玄徳はいま、河北に無事でいると聞いて、関羽は爛々たる眼に、思慕の情を燃やしながら、しばらく孫乾の顔を見まもっていたが、やがて大きな歓びを、ほっと息づいて、
「そうか。……ああ有難い。だがまさかおれを歓ばすために、根もない噂を聞かすのではあるまいな」
「なんの、汝南へきた袁紹の家臣から聞いたことだから、万まちがいはない」
「天のご加護とやいわん」
 関羽は、瞼をとじて、何ものかへ、恩を謝しているふうだった。
 孫乾は、さらに声をひそめて、
「汝南の匪軍と、袁紹とは、いま云ったようなわけで、一脈の聯絡があるのだ。……だから明日の戦では、劉辟、龔都の二頭目も、みな偽って逃げるから、そのつもりで手心よろしく攻め給え」
「何で、彼らが、偽って逃げるのか」
「匪軍の将ながら、劉辟も龔都もかねて心のうちで、ふかく其許を慕っておった。で、このたび羽将軍が攻め下ってくると聞くと、むしろ歓びをなしたほどなのだ。しかし一面、袁紹と結んでいる関係もあるから、戦わぬわけにもゆかぬ」
「わかった。彼らがその心ならば、手心をしよう。それがしは平定の任を果たせばそれでよい」
「そして、一度、都へ帰られた上、二夫人を守護してふたたび汝南へ下って参られい」
「おお、一日も急ごう。……すでにご主君の居どころが分ったからには、一刻半日もじっとしていられない心地はするが、そのお居所が、袁紹の軍中だけに、もしそれがしが不意に行ったら、どんな変を生じようもはかり難い。――なにせい先に顔良、文醜などの首をみなこの関羽が手にかけておるからな」
「では、こうしましょう。……この孫乾が、先に河北へ行って、あらかじめ袁紹とその周囲の空気を探っておきます」
「む、む。それなら万全だ。身に変事のかかることは怖れぬが、彼に身を寄せ給うているご主君が心がかり……。頼むぞ、孫乾」
「お案じあるな、きっと、そこを確かめて、あなたが二夫人を守護してくるのを、半途まで出て待っていましょう」
「おお、一刻もはやく、主君のご無事なおすがたを見たいものだ。ひと目、その思いを果たせばそれだけでも、関羽は満足、いつ死んでもよい」
「なんの、これからではありませんか、羽将軍にも似あわしくない」
「いや、気持のことだ。それほどまで待ち遠いというたまでのこと」
 陣中すでに更けている。
 関羽は、裏門からそっと、孫乾ともう一名の間諜を送りだした。
「怪しげな密談を? ……」と、宵から注意していた副将の于禁、楽進のふたりは物陰からそれを見ていた。しかし関羽を怖れてそこでは何の干渉もなし得なかった。
 あくる日、匪軍との戦は、予定どおりの戦となった。
 賊将の劉辟、龔都のふたりは、颯爽と陣頭へあらわれたが、またすぐすこぶる大仰に関羽に追われて退却しだした。首を取る気もないが逃げるを追って、関羽も物々しくうしろへ迫った。
 すると龔都がふり向いて、
「忠誠の鉄心、われら土匪にすら通ず、いかで天の感応なからん。――君よ、他日来たまえ。われかならず汝南の城をお譲りせん」と、いった。
 関羽は苦もなく州郡を収めて、やがて軍をひいて都へ還った。
 兵馬の損傷は当然すくない。
 しかも、功は大きかった。曹操の歓待はいうまでもない。于禁、楽進はひそかに曹操に訴える機を狙っていたが、曹操の関羽にたいする信頼と敬愛の頂点なのを見てはへたに横から告げ口もだせなかった。




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